誰も知らない。誰も見た事がない。だけど確かに存在する。キヌズBAR、キヌの日々。


高校デビューを笑う事なかれ。

最近、ブログの更新頻度が多くなってるような気がするんだけど、なんでだろう?

まあいいか。


先日、あまりにも暇だったので、喫茶店でコーヒーを飲んでいた。

すると、後の席から、20代と思われる男性二人の会話が聞こえてきた。


「あいつ、絶対に高校デビューよな。服装とかも無理しちゃってる感あるし、喋り方とかも無理に明るく振舞っている感あるし、絶対元々、根暗よな。」

「わかるわかる、高校デビューどころか、社会人デビューかもな。」


と、職場の同僚の事なのだろうけど、特定の人物の事を嘲笑っていた。


僕は直感した。(僕の直感が当たる事はほとんどないけど。)

こいつらは、 変わろうとした事がないな。 と。


変わろうとする事がどれだけのエネルギーを費やすか知ってる?

どれだけ眠れない日々を過ごしてるか知ってる?

喋り方を変えるの、どれだけ意識を向けないといけないか知ってる?

今までと違う服を着て人に会うの、どれだけ勇気のいる事か知ってる?


てか、その年になってまで何言ってんの?


君たちは、たまたま運良く、なんの努力もなく今のボジション(まあ例えば職場の同年代の中心的なポジション?明るい方のポジション?上司から気に入られやすいポジシション?そこまではわからないけど、、、なんの努力もなくってのは僕の偏見かもしれない、、、)についたのかもしれないけど、それを知ってる人間なら笑えるはずがない。


君たち、変わろうとした事ないでしょ?

変わらなければいけない状況に直面した事がないでしょ?

今はいい気持ちかも知れないけど、もし君たちが変わらなければならない時が来た時絶対にそのつまらないプライドが邪魔するよ。で、結局変わることを拒んで、元の場所に戻ってきて、言い訳ばかりする人間になってしまうよ。同種族と徒党を組んで、同じ事の繰り返しの日々を送ることになるよ。


心の中で、僕ごときが偉そうにも忠告しておいた。


僕のとても狭い世界の中の話だけれども、学生時代に まるでダメ男 というあだ名をつけられバカにされていた男がこつこつと努力を重ね、今では市議会議員という職についてる。

高校時代までまったくといっていいほど友達がいなかったのに、今では美容関係の会社を経営して、毎日楽しそうに過ごしている女性がいる。

すぐに胃痛に襲われるくらい神経質だった男性が、今ではいろんな可能性にチャレンジして、いつも笑っている。

とても貧しい少年時代を過ごしながらも、今では人を 癒す 仕事をしている男性がいる。

自己主張するのが苦手だった少女時代を過ごした人が、今では 作家 として日々、言葉で表現することの可能性と格闘している。

すべてが嫌になって、一度全部投げ出しちゃった男性が、今では好きな事だけでお金を稼ぎ、悠々自適な生活を送っている。

青春時代に何も熱中する事がなかった事をコンプレックスに思ってた男性が、今では毎日楽しそうに仕事に熱中している。

(で、僕はといえば相変わらずこうやって酒を飲みながら文章を書いてる。)


彼ら、彼女らが変わろうとしている人間を笑うと思う?


決して笑わない。むしろ歓迎してくれるだろう。場合によっては手を貸してくれるだろう。手を貸すべきではない、と判断した場合には、どこまでもやさしい眼差しで見守ってくれるだろう。


だから、恐れる必要はないよ。君自身の変わりたいように変わればいい。


こんな事を長々と書いたんだけれども、本当は変わるのなんて簡単なことだ。

だってすべては移り変わるのだから。


ただ、これだけは言いたい。


変わろうとしている人間を、笑う側の人間にはならないほうがいい。


それだけ。


風呂に入って、玄米食べてから寝るよ。おやすみ。


(よし、僕もピアスを開けて、髪の毛をピンクに染めて、みんなの前で面白い事を言って、ちょっとモテちゃったりなんかして、30代デビューをしちゃおうかな。)

キヌズBAR日記

誰も知らない。誰も見た事がない。だけど確かに存在する。キヌズBAR、キヌの日々。

2コメント

  • 1000 / 1000

  • 一城

    2016.04.26 19:14

    @hanonhanonさん、二回目のコメントありがとうございます⭐️(何度でも大歓迎です!!) 今更ですが、キヌズBARへようこそ! 偉そうな事を言ってますが実は、僕も以前は 笑う側 の人間でした。 中学生の時、引きこもりや不登校の同級生を 弱い奴らだ とバカにしてました。 なんとか、学校に来ようとしたり、印象を変えようともがいている姿を見て 「調子に乗ってんじゃねーよ。」と思ってました。 数年後、今度は僕が引きこもりを経験しました。 その時に思ったんです。 「あいつらすげーわ。こんなに苦しんでたんだな。(僕の苦しみなんて彼らに比べればたいした事はありませんが。)それでも、それでも、なんとか自分を変えようと戦ってたんだな。あいつら、本当は強かったんだな。」と。 結局、中学生の頃の僕は自分に自信がなくて誰かをバカにしていないと、やってられなかったんです。(それはそれで、僕も必死でした。なんなんだろう、この不安は、この虚無感は、この無意味感は、、、周りを見る心の余裕が全くありませんでした。) 親も、兄弟も、先生も、ヤンキーも、優等生も、明るい連中も、暗い連中も、自分も、全部が嫌いで、全部をバカにしてました。 どこにも所属できない、どこにもぴったりと当てはまらない事がものすごく怖かったんです。 「俺は特別で、まわりの奴らがバカなだけだ。」そうでも思い込まないと、やってられなかったんだと思います。 でも、その 特別感 はいつか壊される時がやってきます。 どこかに所属する事の安心感も、時間が経つと、所属出来なくなる事への不安へと変わっていきます。 ぴったりと当てはまる場所を探すのも、終わりがありません。なぜなら、そんな場所なんてないからです。 僕の薄っぺらい人生経験の中で、少しだけ見えてきたのが、結局の所、 自分自身でいる事、何かに安心するのではなく、そもそも 存在 自体が安心感である事。 その 存在 自体は壊す事も、捻じ曲げる事もできません。何ひとつ、生まれた時から変わりません。 また長くなっちゃいました。説教くさく見えてしまったらすみません。 僕は、このブログ、コメント欄を通して自分の頭の中を覗いてみたいのだと思います。 ご協力ありがとうございます! また、いつでもお越しください⭐️
  • hanon

    2016.04.26 12:49

    わーなんか凄く分かります! (2回目のコメントです) 人の表面だけを見て、見下す人を見ると、何だか悲しいと言うか、虚しいと言うか… 誰でも人知れずそこに至るまでのストーリーがあって、それを全部知る必要はないけれど、それぞれにストーリーがあるってことくらいは分かっている人間でいたいものです。 人を笑う人間にはなりたくない。