キヌは突然、走り出した。
この世は全て幻想なの。本当は何もないの。
でも、この世も本当なの。どっちか片方だけの事がわかってても、本当にわかったとは言えないの。
どっちに偏ってる?
この世界で楽しく生きたいのならば、自分の体の事、もう少しわかってあげないとね。
先日、夢の中でそんな言葉を聞いた。
声の主は、あの子の声だったような気もするし、あの人の声だったような気もするし、両方を混ぜたような声だったかもしれないし、全く違う人の声だったかもしれない。
いや、そもそもそんな声なんて聞いてなかったかもしれない。
とにかく僕は、早朝にジョギングを始めた。須磨の海岸沿いを走っている。
それは紛れもない事実だ。
ジョギングといっても、しんどい事とプログラムを組む事が苦手な僕なので、走ったり、歩いたり、海の方に歩いていって波の音を聞いたり、反対側を向いて山を眺めたり、かわいい犬がいればじっと見つめたり、足の裏を意識して歩いて、腰の位置を気にしながらまた走って、疲れたら立ち止まり、ボーッとして、また歩きだして、体に違和感を感じたところがあればテキトーなストレッチでその部分をほぐして、そして今度は走り出す。
もちろん、タイムなんて測っていない。気が済んだら帰る。時間にすると小一時間ぐらいかな。たぶん。何せ部屋に時計がないものだから、何時に出て何時に帰ってきたかなんて覚えてない。スマホで測れるだろ?って?いいじゃん。時間なんて気にしなくても。
本当は、奇声をあげながら走ってみたいんだけど恥ずかしいのでまだやってない。
でも今日、海に向かって大声で詩吟を謳っているオジサンを見つけた。誰も何も気にしていない様子だったので、そのうち奇声ジョギングも取り入れるかもしれない。
何々?そのどこがジョギングだって?色々細かいなあ。
まあまあ、まんまりマジになるなよ。これは キヌ式ジョギング なので、僕の中ではジョギングに含まれている。名前をつけたもの勝ちだろ?
このジョギング自体、なかなか楽しいものだけど、僕の中だけで一番楽しいひと時がある。
まあ、内容は絶対に話さないけど、ジョギングのコース中に姪っ子が通っている保育園の前を通る。まだ来ているはずはないのに、いないかどうか中を覗く。やっぱりきてないなと思い、今度は想像を巡らす。
今頃家で、うつぶせになって、布団から足をだして、スヤスヤと眠っているに違いない。
いや、もう起きているかもしれない。布団の真ん中にちょこんと座って、ボサボサのおかっぱ頭で、寝ぼけながら目をこすり、「ママ〜。おしっこ!」と言っているかもしれない。
当たり前の事だけど、自分の目で自分の顔を見る事は出来ないので、この時の僕はどんな表情をしているのかはわからない、でも、きっと笑顔に違いない。いつもの無表情とは違うはずだ。
ちなみに姪っ子の名前は 心の花 と書いて 心花(ここは)と読む。
誰だ、今、変な名前だなあ。と思ったやつ。ここまで来い。そして座って目を閉じろ。
俺が心の花を咲かせてやるよ。
甥っ子もいる。甥っ子の名前は 晴れる空 と書いて 晴空(はるく)と読む。
おいおい。誰だ、今、おかしな名前だなあ。と思ったやつ。ここまで来い。そして俺の目をみろ。曇りがちな気分を、まるで晴れわたる空のような、爽快な気分に変えてやるよ。
まあまあ、冗談はさておき、変な名前だと感じた人は実際に二人に会ってみるといい。
紛れもなく、晴空 と 心花 だ。なんの違和感もない。寸分の狂いもない。まるで宇宙の始まりから、晴空 と 心花 として産まれてくることが決まっていたかのように。
晴空はみんなから、はるくん。と呼ばれている。心花はみんなから ここちゃん と呼ばれている。
ああ!可愛い!!
と言いながら、最初から子供が好きだったわけではない。
僕は子供が昔から非常に苦手だった。あの 全てを見透しそうな無邪気な目 が怖くてなるべく避けてた。
8年前に、晴空が生まれた。初めて見た時に、本当に驚くべきことに 可愛い と感じた。
ただ、どう接していいのかわからなかった。
妹がまだ赤ん坊の晴空を抱きかかえているのを、少し距離をおきながらいつも見てた。
たまに妹が「ちょっとトイレいってくるから、見ててな。」と僕に言った。
「うん。見てるだけな。そこのソファーに寝かせてて。」
妹が晴空をソファーに寝かせ、部屋を出て行き、トイレに入ったのを全意識を耳に集中させ、音で確認してから、晴空に近づいて抱きかかえていた。
妹が用を足し、水を流す音を耳で確認すると、そっ〜と晴空をソファーに戻し、また少し離れた場所に立った。そして妹が部屋に戻ってくるのを待った。
「ちゃんと見てくれてた?」
「うん、見てた。」
最初は本当にそんな感じだった。
そのうち、同じようなシュチュエーションに出くわす度に
「妹よ。小ではなく、大であれ。もう少し時間をくれ。」と心の中で念じてた。
本当にたまにだけど、オムツも替えたし、ミルクもあげたし(一度だけミルクを冷ますのを忘れてて熱いまま飲ませてしまった事がある。大声でギャーギャーと泣き出した。やけどはなかったものの、僕は3日ほど落ち込んだ。)お風呂も一緒に入ったし、着替えもさせた。
おおきくなってからは、料理を作って食べさせた。
「はるく。これはどうや?」
「塩がちょっときついかな。」
「わかった。次は塩少なめにしてみるわ。」
「はるく。今度はどう?」
「まあまあかな。」
「何があかん?」
「ちょっと硬い。」
「わかった。」
「はるく。これはどう?」
「うん。おいしい!これ!」
「そうか!良かった!ありがとう。」
全くそんな予定も、相手もいないのだけど、もしなんらかの奇跡が起きて、僕に子供ができたならば、名前は 空 と書いて くう と読み、クーちゃん と呼びたいなあ。とかいうアホな妄想を先日してた。
その話を例のごとく、さとる にskype電話中に話したところ 「あ〜それ。僕が前飼ってた犬の名前と一緒やわ。」とほざきやがった。
妄想は吹き飛んだ。
毎度のように話は逸れに逸れ、着地点がまったく見当たらない。
とにかく僕は、早朝にジョギングを始めた。
一度咲いた 心の花 は二度と枯れる事はないし、曇っているように見えても、その背後には晴れ渡った空がどこまでも広がっている。
おはよう。
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