誰も知らない。誰も見た事がない。だけど確かに存在する。キヌズBAR、キヌの日々。


拝啓、兄さんへ。


最初から何だけど、僕に兄さんはいない。この世には。

子供の頃、父親からちょこっと聞いた事があるんだけど、「お前とお姉ちゃんの間にもう一人子供がいた。ただ、体が弱く生後3日でこの世を去った。」

名前は 聖一(たしか しょういち だっと思う。) といった。


親に直接その話を詳しく聞いた事はない。聞くのもどうかと思うので。


でもだいぶ昔、両親の部屋で古いアルバムを見つけた事がある。

お腹の少しふくらんだ母親が笑顔で写ってて(息子の僕がいうのも変だけど、その写真に写った母親はとても美人だった。)その写真の端っこに、 3ヶ月目。元気な子でありますように。 とかそういうコメントが書かれていた。日付も添えて。写真は父親が撮ったものと思われる。

ページをめくるたびに、母親のお腹が大きくなってた。コメントも 今日はすごく蹴ってきた!元気な子やな! 早く会いたいな! とか期待に満ちた言葉に変わっていった。


最後のページ。母親が物悲しそうな顔で写ってた。お腹が元に戻ってた。前の写真からだいぶ月日が経ってた。

「悲しみを乗り越えて」という言葉が添えられて。


酒に酔った父親はちょくちょく言ってた。

「絹川家の家系は、長男が精神的に弱いか、短命な傾向がある。」(お前も長男だろ。と思いつつ。)

僕は小さい時、小児ぜんそくを患っていたので、ひどい発作がでるたびに 「僕も早く死ぬんだろうなあ。」って本気で思ってた。

まあ、今思うと、父親も別に僕を驚かそうと思って言ったんじゃないって理解できるけど、小さい頃って割となんでも本気で受け取るよね。

ぜんそく持ちだった人はわかると思うけど、あれはほんとに苦しい。

大概夜中に発作がでて、まともに呼吸ができなくなる。寝ころがってると苦しいのでそういう時は、壁に背中をつけて体育すわりをしてると少しは呼吸がしやすくなる。

「早く死んじゃうんだろうなあ」「これいつまで続くんだろう?それならいっその事早く死んでしまった方が楽かもしれないなあ」とかネガティブな思考がグルグルと渦巻く。

「そこまでして生きていかなければならないの、面倒くさいなあ。そもそもなんで生きなくちゃならないんだろう。」思考はどんどんとそういった方向へと進んで行く。

「生きるって何?」「死ぬって何?」

そんな事を考えてるうちにいつの間にか眠ってしまって、気が付いたら朝になってる。

そうすると、発作も治まっててホッとする。

そういう日々の繰り返しだった。

(いつ発作が出るのかがわからないので、遠出をするのが嫌いだった。今も旅行が苦手なのはそういうのも関係しているのかもしれない。全然関係ないかもしれないけど。)


子供の頃、自分が生きている事に罪悪感を感じてた。

もしかしたら、兄さんが生きてた方が良かったんじゃない?兄さんはたぶん、顔も良くて、頭も良くて、とっても素直で、とってもやさしかったに違いない。(これは当時の僕が勝手に作り上げた 兄さん の人格だけれども。)家族もひねくれた僕よりもそっちの方が良かったんじゃない?兄さんの方がこの家族に合ってたんじゃない?って。


僕の考えた 一度も会った事のない兄さん はいまでも僕の中で生き続けている。


そして、名前の通り、 聖なる一つの場所 で生き続けているに違いない。いや、それは間違いなく。




拝啓、兄さんへ。

いたって僕は元気です。タバコも吸ってます。酒も飲んでます。

最近は、性格も少しずつオープンになって来ました。

「生きる事を楽しめよ。」って僕に生を譲って下さったんですよね?

ありがとうございます。

いつもその場所から、見守っていてください。

僕は、あなたのようにとてもやさしく、思いやりのある人間になれるように頑張ります。

どうか、見守っていてください。

本当にありがとうございます。



(ダメだ。普段は全くといっていいほど泣かないのに、この文章を書いている今、涙がとまらない。少し気分が治まったら寝るよ。みんなおやすみ。)






キヌズBAR日記

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