誰も知らない。誰も見た事がない。だけど確かに存在する。キヌズBAR、キヌの日々。


宣言文。

ここ数日間すごい落ち込みと、それに伴い、とても恥ずかしい気持ちやら、どうしようもない罪悪感に囚われていた。

というのも、僕のブログが昼間働いている工場の人間にばれたらしいという事があったからだ。

直接だれかに、「キヌズBARというブログをやってます?」と聞かれたわけじゃないけど、ある一人の人物が、明らかに僕のブログを読んだのだろうな。という、なんというか、、、とても遠回しな表現で探りを入れてきたからだ。(これは僕の勘違いの可能性も十分にある。)

あっ。この人。僕のブログを発見したな。と直感した。

といっても、いろんな人たちに僕がブログをやっていることを伝えていたし、姉も妹もちょくちょく読んでいるんだろうな、と思える部分がうかがえるし、父親も母親も常にみているわけじゃないけどなんらかの形で僕がブログをやっていることを知ったんだろうな。と会った時の反応でなんとなくわかる。

仲の良い友達や知人たちは「あの記事がよかったねえ。」とか「あの話がすごく笑えた。」とか直接反応をくれる。わざわざ直接電話をかけてきてくれるものすごくオープンな人だっている。(ななさんありがとね。ほんとに嬉しかったよ^^)

本名でやっているFacebookにもリンクを貼ってあるし、Instagramのプロフィール欄にもリンクを貼ってある。

いつ、誰に見つかってもおかしくないし、それを承知で始めたつもりだった。


が、いざ会社の人間に見つかったとなると(もちろんこれは僕の勘違いで、まったく誰も知らない可能性もある。)気持ちがかなり動揺した。

職場では僕は、「ほとんど口を聞かない、無口であまり仕事が出来ない人間」で通っているはずだ。

そんな人間が、一歩会社を出ると、ブログ上で少々偉そうなことや、恥ずかしい詩や、普段職場では見せない表情や、酔いにまかせて書いたわけのわからぬ文章を披露してるってわけだ。

それを考えると、とても恥ずかしくなったり、あの文章の事をあの人がああいう意味で受け取ったらどうしようと不安や罪悪感が出てきたり、妄想が次々と湧き出してきて少々神経質な日々が2、3日続いていた。仕事中なんて気が気じゃなかった。周りの人間が、全て僕の噂をしているようにさえ見えた。(まあ、このへんが自意識過剰だな。と自分でもよく思う。)


もう、このブログをやめてしまうかな?とも思った。


この事をそっくりそのまま、例の自称「ユダヤの末裔」である眼鏡屋の友人に相談した。

「職場で無口なキヌも、僕らの前ではよく喋るキヌも、酒に酔ってブログを更新するキヌも、全部キヌの一つの側面なんだからそんなに気にしなくてもいいんじゃない?常に、どんな状況でも全く同じ人間なんていないよ。そんなの人間らしくない。いろんな側面をもっているのが人間なのだから。」

というニュアンスの返答が返ってきた。もしかしたら全然違う事を伝えようとしたのかもしれないけど僕はそう受け取った。


だから僕はブログを続ける事にした。

誰がみていようと、誰も見ていなかろうと、自分の感じている事を表現しようと柔らかく決意した。固い決意じゃない。「やっぱ続けよ〜」くらいの柔らかい決意だ。固い決意はどこからかの強い力が加わるとすぐに折れてしまう。


今日は、やめるとも言っていないブログを、今後もマイペースに続けます。という宣言文に近い記事を書いてみた。


そして僕はまた、明日から何事もなかったかのように平然とした顔で会社に向かう。


という事でおやすみ。まだ寝ないけどね。


キヌズBAR日記

誰も知らない。誰も見た事がない。だけど確かに存在する。キヌズBAR、キヌの日々。

2コメント

  • 1000 / 1000

  • 一城

    2016.04.21 17:23

    @hanonコメントありがとうございます! いつも見てくださっているなんて光栄です^^ 頑固な父親の影響もあると思うのですが、幼少時代から長男という理由で「強い男に育てなければならない」という気持ちがあったんでしょうね、 「強い信念を持って生きなければならない」「何があっても逃げてはならない」「腹をくくれ」「自分で 背水の陣 の状況を作れ」という言葉を聞いて育って来ました。 その言葉が長いあいだ僕の心を縛り付けてきました。 十人十色という言葉がありますけど、人によってその時の状態、状況によって精神状態、感情、考え方の流れが微妙に変わるので、僕の考えでは十人万色、もっというと、十人億色くらいあると思っています 笑 それにプラスされて、その人の持って生まれた性格などが加わるのでどんな状況でも上記のような父親から教えられた言葉で乗り切るのは不可能だと思います。 強い信念は時によって、他の人の意見を聞き入れない傲慢さにつながる事もあります。何があっても逃げてはならない、というのは明らかに理不尽な扱いを受けているのにそれに耐える、という余計な苦しみを受け続ける事にも繋がりかねません。腹をくくる、背水の陣を引く、という言葉も僕のような人間には、聞くだけで怯えてしまいそうな言葉です 笑 本当に、人によっての生き方や、ピンチからの脱出の仕方があって、万人に通用する同じ考え方なんてない。と思っています。 最近僕が、楽に生きる為に習得した考え方が、「反省はしても、後悔はしない。罪悪感を持たない。自分を責めない。」というのと「どれが正しい よりも 本当は自分がどうしたいか?」で物事を選択する。という事です。 そうする事によって、ゆっくりでも一歩一歩自分が望んだ方向へと進めますし、その時々の自分が「これが良い!」と感じて実行したことなので自分を責めないでも良い。と思っています。間違っていた。と思えば反省して方向転換すれば良い。そう思っています。 その為に僕の性格に沿った、固い一度きりの決意より、柔らかな決意を何度でも!を採用しました^^ また、いつもの如く長い返信になってしまいました 笑 コメント、本当にありがとうございます⭐️
  • hanon

    2016.04.21 12:01

    初めまして!突然コメント失礼します。 いつも拝見しています^ ^blog終わらなくて良かったです!柔らかい決意と、固い決意、なるほどなあと思いました。やっぱり私は今後も柔らかい決意でいいやと柔らかめに確信しました^ ^